2008/02/29

I.B.O.Japan会員登録書の発送についてのご案内

昨年4月にNPO法人となり、会員を募集しています。正会員につきましては、当面発足関係者のみとさせていただいています。賛助会員、法人、団体会員を募集しております。
昨年度より、登録いただきました方、またこの三月中までに登録いただきます方には、遅れましたが会員登録書と会員バッヂを、そしてI.B.O冊子を発送させていただくことになりました。また、ご登録いただきましたボードウォーク設置、維持管理団体様につきましても、公認認定書と団体会員書、会員バッヂをお送りさせていただきます。この冊子につきましては、各団体に50部の無償提供となっております。ぜひこの機会にボードウォークの主旨などを再確認していただければ幸いと存じ上げます。また今年7月開催のフィジカルチャレンジツアーin USAの募集要項も同封いたします。申込は4月1日より5月10日までとさせていただきます、ご了承ください。このツアーに参加していただく条件としまして、参加者の方は賛助会員として登録させていただき、この活動の伝承に協力いただくこととなっております。

※会員バッヂは金属製のピンバッヂです。イベントにて無償配布しております、缶バッヂとは異なります。

2008/02/27

フィジカルチャレンジツアー復活のお話です



 2004年コロラドでのフィジカルチャレンジツアーが終わってから、間もなく4年目を迎えます。。。


 ツアーの後、まだ大学院生だった内藤忠君が突然、他界しました。。。多くの方に「次は参加しますから」と声をかけていただきましたが、心は否定し続け、なかなかツアーを実行しようという気持ちにはなりませんでした。今だから語れます、これがフィジカルチャレンジツアーを休止した本当の理由です。


 内藤君のツアー参加は、4月に米沢を訪問した時に決まりました。「金のことは心配するな」と多くの仲間が餞別を贈りました。私も「846奨学金制度もあるから、ぜひ体験するべきだ」と、純粋な彼を必要に誘いました。


 海外経験のない彼にとって、初めてのコロラドは衝撃的でした。海抜4000mを超えるハット(山小屋)では高山病に悩みましたが、そこへ真夜中たった独りで、アメリカ人ボランティアであるトーファーが自分の車を運転して乗り込んで来ました。そして、車いすでテラスに到着すると、朝晩氷点下になる気候にも憶すことなく、「星空と朝焼けが見たい…」とそのままテラスで寝袋にくるまって横になっていました。彼はそんなシーンに感動していました。そして結局、その後も眠ることを忘れ、星空と雲海を見続けていました。「来てよかった!」彼の瞳は輝き、その時を節目に次々と自分なりの発見を繰り返し、「車、運転させてください」などと積極的に多くを体験するようになりました。


 B.O.E.C.ブレッケンリッヂ・アウトドア・エデュケーション・センター)を訪問した時、彼は嗚咽をして泣き出しました。それは障害を克服し、大自然に立ち向かう彼らの姿に、自分の弱さを知った瞬間でした。彼は「僕も将来、このような仕事につき、少しでも役に立つ人間になりたい!」と目を赤くして語っていた、あの時の姿を決して忘れることはできません。


 帰国後彼と会う機会がすぐにありました。その時も、楽しかった思い出話に花が咲いていました。だが・・・・
しばらくして、長文のメールが私に届きました。返事を書きましたが、それからまったく返事が来なくなりました。仲間と心配になり、色々と連絡を取っていました・・・・・・・・・・・・


 何事にも時間が必要です。このフィジカルチャレンジツアーを再開したら、きっと胸が詰まることになるでしょう。昨日のことのように純粋な内藤君を思い出し、彼の苦しみに気付かなかった自分にもう一度出会い、激怒するでしょう。それは私だけではなく、彼の周りにいた仲間たち、そしてご両親にも同じ思いをさせてしまうことになるでしょう。だから、なかなかツアーを再開する決心はつきませんでした。

 しかし、ここ数年で彼が「一緒にやらせてください」と言っていたインデペンデンスボードウォークは全国に飛躍的に増え、それと同時にツアーへの期待も高まってきました。
どうしても行かなければならない状況下になってきたようです。


 ルーツを知ると知らないとでは大きな差があります。
「なぜボードウォークが必要なのか」が根本的に異なり、それが差となって現れます。現に、そんな傾向も起こりつつあります。
2004年まで続けていたツアーを経験された多くの参加者の方々が現在、各地でボードウォークの普及と伝承に関わってくれています。その後、数か所のボードウォークが誕生し、今度はその方々が歩んできたルーツを知る必要性があります。そして共に感動し、その素晴らしさを言葉では無い何かでつかみ取ってほしいと望みます。


 感動を共有するのは、とても大切なことです。共有することによって、異なった方向に進むことや仲間割れ、その他諸々の雑念をも未然に防ぎ、心のこもった施工と管理を確保し、インデペンデンスボードウォーク本来の素晴らしさと主旨を正確に伝承できます。「ルーツを見る」それは、写真では得ることはできません。ボードウォークは「箱もの」ではありません。そこにある「オーガニックな親切」を、どれだけくみ取ることができるかが大切なのです。


 今ならまだ間に合います。必ず体験していただけるシステムも検討しています。

 内藤君、ふんぎりがつきました。I.B.O. Japanの未来のために、フィジカルチャレンジツアーをこれから休むことなく、開催し続けます! 苦しみから逃げていても、何も解決できません。あなたの一番大切なものを守るために、これからはツアーを続けていきます。
それが生まれて来たしるしです。

2008/02/19

新しいボードウォークが誕生します(その1南さつま市)




 2008年最初の活動は、NHK大河ドラマの舞台「薩摩」からスタートしました。鹿児島県南さつま市加世田で開催させていただいたJCF J2 MTBクロスカントリー競技です。この言葉に馴染みの無い方のために説明しますと、マウンテンバイクの日本シリーズで、野山を走り着順を競うというものです。大会には日本のトップ選手も勢ぞろいし、大変盛り上がりました。



 どうしてこの地での開催となったかというと、「希望の木道」という名称のインデペンデンスボードウォークの建設資金を募ると共に、この活動を知らしめるために行いました。「希望の木道」は、昨年度南さつま市に提案をさせていただき、積極的に始めようという動きになり、今回の基金大会の開催に繋がりました。「薩摩」は篤姫の時代から第二次世界大戦終焉まで怒涛の時期を超え、今日、平和宣言「サイクルシティ」としてスポーツの素晴らしさと、スポーツがもたらす平和の喜びとを訴えておられます。第二次世界大戦終幕頃、ここ加世田には万世特攻基地が作られ、200名を超える特攻隊員が沖縄に向かって飛び立った地でもあります。その中には、少年の姿も少なくありませんでした。この尊い命と悲惨な事実を知っていただき、後世に二度とこのような過ちを起こさないようにと、万世飛行場跡には平和記念碑が建立され、その後、万世特攻平和祈念館が作られました。この大会では、万世特攻平和祈念館サイクリングが参加賞であり、参加者には無料入場券が渡されました。 



 「なぜここにボードウォークを創るの?」と質問されたことがあります。IBO Japanに認可されている現存ボードウォークには、各々目的があります。

◯初代の大東町は、「ふるさと分校」というバリアフリーの宿泊施設から自然散策の道を作り、「障害をもった子供たちに、自然の素晴らしさを同等に味わってもらおう」と作られました。

◯苗場では、フジロックフェスティバルを中心に、「障害をもった人たちに、すべての人たちに平等な、音楽の素晴らしさを味わってもらおう」というテーマで作られました。

◯旧山古志村は、震災の苦しみを乗り越え、シンボルである闘牛場に、「お年寄りに勇気と喜びを!」と作られました。

◯金沢の医王の里では、「自然の森をふたたび」をテーマに、自然を再生すると同時に今だからこそ始められる、「障害をもった人たちに森を味わっていただく」ことを主体に作られました。

 このように、すべてのボードウォークには目的が存在します。フォーカスがはっきりしないと、ボードウォークは「つまらない建築物」になってしまいます。作りたいから作るのではなく、作る必要性があるから創ることが最も大切なことです。 

◯万世は、あの悲哀な特攻最後の飛行場として、「平和を祈願すると共に、いつまでも心の中の多くを占めるお年寄りの苦難をこれからの人たちに伝承し、決して忘れ去らないようにする大切さを伝えたい」と考えています。年を取ると、誰でも足腰が弱くなるものです。歩行器や車いすで、いつまでも東シナ海を望んでいただきたいと思います。この「希望の木道」、最終的には海岸沿い、当時の九十九式戦闘機の離陸距離の直線400mを目標としています。



 鹿児島を後にすると、私たちは熊本県の小国町の招きで同地を訪問しました。そして、この地でも新しいボードウォークの取り組みが始まりました。



 また、それを前後してメールで、石川県輪島市から3月23日にボードウォークの開始式典を実施する旨の通知が入りました。能登半島沖地震から一年を経過し、ここに「希望と再建のきっかけ」として、ボードウォークが誕生します。最近、多くの方から資料のご請求を賜り、感謝申し上げます。



 I.B.O. Japanでは、インデペンデンスボードウォークのより解りやすい資料として、この三月に小冊子の編集に入ります。そして、ご希望の方へ、また現在設置されている地にも常に置いておけるようにしたいと考えています。それには費用も発生します。当方ではこの冊子のスポンサーを募集中です。ご検討を賜りますようお願い申し上げ、では次回へ・・・

最後に、「万世」はバンセイと読みます。


その意味は「よろず世に」です。