2008/10/25

廃線から三年、のと鉄道は車いすの木道に生まれ変わりました。


今年の夏、能登半島、輪島市門前町にインデペンデンスボードウォークが誕生しました。
木道は震災の仮設住宅の傍から始まり、将来は撤去後記念公園の木道として、四季折々のお花畑を縫うように伸びていきます。
この能登半島輪島市門前町「絆の木道」スタートの一ヶ月後に誕生したのが宮城県鬼首インデペンデンスボードウォークです。
こちらも今年震災にあいました。鬼首ではボードウォーク施工工事は「直置き工法」を採用しました。それは鉄道のレールの様に採石の上に枕木となる木を直接地面に設置する後方で、その枕木材の上にレール材の木を置きました。
この工法はコストダウンと、施工時間の節約、そして耐震強度の強化として、IBOでは初めての試みとなりました。しかしこの工法にも欠点があります、それは平らな場所で、強風に影響されない場所に限られるということでした。
鬼首の施工工事の日にボランティアとして参加いただいた輪島市門前町の方が後日、この施工方式を地元でも採用したいと相談がありました。
IBO.Japanとしては「海が近い」「風が強い」との理由で、同様の施工は困難と判断し、他の対策をお願いしたところ、「廃線になった、のと鉄道の枕木がいただけることになりました」とのことでした。

それなら何の問題もありません。今までも多くの方の生活を守った枕木です、それがこの車いすで自然散策を楽しむ木道の基礎になるなら、「これほどすばらしいことはありません」とのことで大賛成をさせていただきました。

先日、写真と新聞に掲載された記事が送られてきました。
見せていただいた途端、「素晴らしい」と大声をあげた次第です。

大切な資源の再利用と、古くからの生活が染みついた枕木は「門前絆の木道」にふたたび脚光を浴びることができました。
老いて直、新しいレールの基礎となって、この枕木は末永く命を全うすることでしょう。

長い時代を支えた、「のと鉄道」の枕木は、
車いすや、孫を乗せた乳母車、当時を懐かしむように散策するおじいさん、
おばあさんたちの憩いの場所として大切に守られて行くことでしょう。

「おいおい、孫よ」
「この木道の枕木はな、爺ちゃんたちがいつも学校に行く時乗せてもらった、のと鉄道のものだよ」
「あん時、電車の窓から見た景色はな、花がいっぱい咲いていて綺麗だった」
「今は、ほれ、この木道で、窓なしでもいっぱいの花が見れるようになった」
「ありがたい、ありがたい、長生きはするものだ・・・・・」
「なむあみだー・・・・・・・・」

じいちゃん、ばあちゃんの自慢の場所がひとつ門前町に増えました。

1 件のコメント:

2008/11/08 12:30 に投稿, Anonymous 匿名 さんは書きました...

応援してます!

 

コメントを投稿

<< ホーム