2008/02/19

新しいボードウォークが誕生します(その1南さつま市)




 2008年最初の活動は、NHK大河ドラマの舞台「薩摩」からスタートしました。鹿児島県南さつま市加世田で開催させていただいたJCF J2 MTBクロスカントリー競技です。この言葉に馴染みの無い方のために説明しますと、マウンテンバイクの日本シリーズで、野山を走り着順を競うというものです。大会には日本のトップ選手も勢ぞろいし、大変盛り上がりました。



 どうしてこの地での開催となったかというと、「希望の木道」という名称のインデペンデンスボードウォークの建設資金を募ると共に、この活動を知らしめるために行いました。「希望の木道」は、昨年度南さつま市に提案をさせていただき、積極的に始めようという動きになり、今回の基金大会の開催に繋がりました。「薩摩」は篤姫の時代から第二次世界大戦終焉まで怒涛の時期を超え、今日、平和宣言「サイクルシティ」としてスポーツの素晴らしさと、スポーツがもたらす平和の喜びとを訴えておられます。第二次世界大戦終幕頃、ここ加世田には万世特攻基地が作られ、200名を超える特攻隊員が沖縄に向かって飛び立った地でもあります。その中には、少年の姿も少なくありませんでした。この尊い命と悲惨な事実を知っていただき、後世に二度とこのような過ちを起こさないようにと、万世飛行場跡には平和記念碑が建立され、その後、万世特攻平和祈念館が作られました。この大会では、万世特攻平和祈念館サイクリングが参加賞であり、参加者には無料入場券が渡されました。 



 「なぜここにボードウォークを創るの?」と質問されたことがあります。IBO Japanに認可されている現存ボードウォークには、各々目的があります。

◯初代の大東町は、「ふるさと分校」というバリアフリーの宿泊施設から自然散策の道を作り、「障害をもった子供たちに、自然の素晴らしさを同等に味わってもらおう」と作られました。

◯苗場では、フジロックフェスティバルを中心に、「障害をもった人たちに、すべての人たちに平等な、音楽の素晴らしさを味わってもらおう」というテーマで作られました。

◯旧山古志村は、震災の苦しみを乗り越え、シンボルである闘牛場に、「お年寄りに勇気と喜びを!」と作られました。

◯金沢の医王の里では、「自然の森をふたたび」をテーマに、自然を再生すると同時に今だからこそ始められる、「障害をもった人たちに森を味わっていただく」ことを主体に作られました。

 このように、すべてのボードウォークには目的が存在します。フォーカスがはっきりしないと、ボードウォークは「つまらない建築物」になってしまいます。作りたいから作るのではなく、作る必要性があるから創ることが最も大切なことです。 

◯万世は、あの悲哀な特攻最後の飛行場として、「平和を祈願すると共に、いつまでも心の中の多くを占めるお年寄りの苦難をこれからの人たちに伝承し、決して忘れ去らないようにする大切さを伝えたい」と考えています。年を取ると、誰でも足腰が弱くなるものです。歩行器や車いすで、いつまでも東シナ海を望んでいただきたいと思います。この「希望の木道」、最終的には海岸沿い、当時の九十九式戦闘機の離陸距離の直線400mを目標としています。



 鹿児島を後にすると、私たちは熊本県の小国町の招きで同地を訪問しました。そして、この地でも新しいボードウォークの取り組みが始まりました。



 また、それを前後してメールで、石川県輪島市から3月23日にボードウォークの開始式典を実施する旨の通知が入りました。能登半島沖地震から一年を経過し、ここに「希望と再建のきっかけ」として、ボードウォークが誕生します。最近、多くの方から資料のご請求を賜り、感謝申し上げます。



 I.B.O. Japanでは、インデペンデンスボードウォークのより解りやすい資料として、この三月に小冊子の編集に入ります。そして、ご希望の方へ、また現在設置されている地にも常に置いておけるようにしたいと考えています。それには費用も発生します。当方ではこの冊子のスポンサーを募集中です。ご検討を賜りますようお願い申し上げ、では次回へ・・・

最後に、「万世」はバンセイと読みます。


その意味は「よろず世に」です。

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