1992年の夢

つい先日夢を見ました。それは、昔オフロード車いすを日本に持ち帰る日の出来事でした。通関で「これは何ですか」と質問され、「障害者のアウトドア用車いすです」と答えたのですがなかなか理解してもらえず、手間がかかった時の夢でした。
それで思い出したのが、昔書かせていただいた、沢山のオフロード車いすの未来を記した本のことです。「MTB教書 エキスパート編」っていうタイトルなのに、半分は車いすの話でした。私にとって、MTBの普及とオフロード車いすの普及とは、最初からまったく同じものだったのです。今から15年前に書かせていただいたものですが、オフロード車いすを国内に持ち込んで三年目の時、すでにこんな夢を描いていました。まだまだ現実にはなっていませんが、徐々に、その夢は現実になりつつある実感を得ています。そんな思いで読んでいただけませんでしょうか。下の文章は、1992年に出版させていただいたMTB教書の一文です。
それで思い出したのが、昔書かせていただいた、沢山のオフロード車いすの未来を記した本のことです。「MTB教書 エキスパート編」っていうタイトルなのに、半分は車いすの話でした。私にとって、MTBの普及とオフロード車いすの普及とは、最初からまったく同じものだったのです。今から15年前に書かせていただいたものですが、オフロード車いすを国内に持ち込んで三年目の時、すでにこんな夢を描いていました。まだまだ現実にはなっていませんが、徐々に、その夢は現実になりつつある実感を得ています。そんな思いで読んでいただけませんでしょうか。下の文章は、1992年に出版させていただいたMTB教書の一文です。
* * *
峠の近くまでさしかかると、昔懐かしい茶店が見えてきた。良雄はMTBを木にもたれさせ、きれいな赤もうせんの上に腰をおろした。「おばさん、ラムネ。それと、携帯用の自然の湧き水いっぱいね」。携帯用の湧き水はバイシクルボトルに入って出てきた。そのボトルには◯◯山、MTB登山記念と書いてある。MTB登山記念バッジもたくさん売っている。そう、ここは多くのMTB愛好家が訪れる風光明媚で一切のエンジンつき乗り物の禁止地域である。「おばさん、このボトル今年から再生紙になったんだねー」。良雄はたっぷり休息をとると、MTBにまたがった。「お客さん、年期物だね」「そうなんだ、1991年製の混じりっけなしのスチールだよ」「そいつはいいね、もしもそいつを手放す時は私に譲っておくれ、このように茶店に飾るからね」。茶店の天井や壁には、一時流行したハードロック・カフェのようにマシーンが飾られていた。「私とじいさんの自慢はなんと言っても1983年製のこのフィッシャーだよ、いいだろー、まだ昔の乗り物だったオートバイってやつのハンドルがついている」「あんたのだったら高く買うよ」「いいよ、僕の自慢のクラシックバイクなんだから、絶対に手放さないよ、じゃあ、また下りに寄るよ」。そう言って良雄はつぎの峠を目指した。
良雄の目の前をすごいスピードでマウンテン・バギーが下っていく。どうやらそれは、来週ここで開催されるホイールチェアー・ダウンヒル選手権の選手らしい。その選手が先程の茶店にバギーを止めた。「おばさーん、湧き水」僕はMTBを止めて、しばらくその様子を見た。「おや、山本選手じゃないですか、オリンピック優勝したんだってねー」(この時代になるとオリンピックで車椅子のトライアスロン、ロードレース、マウンテンバイクレースが正式種目になっていた。それはけっして現在の区別された身体障害者対象の大会ではなく、人間すべてが集うスポーツの祭典となっているのだ。)、休んでいた子供達は、ワーっとその車椅子を囲んだ。「すげー、カッコイー。山本選手サインして下さいよ」そう言ってTシャツの胸を張った。「そうか、彼がカミカゼバギーの山本さんか、いつかTVでは見たことあるなー」良雄は独り言をつぶやきながら、山本選手に近寄った。逞しい腕である。そしてとても優しい顔つきである。「山本さん、僕もあなたのファンです、できたら握手してくれますか」「あーいいよ」「ところで、もう練習終わりですか」「いいや、またここから山頂まで登るさ」「じゃあ僕とご一緒してくれますか」「いいよ、それじゃあ皆んなで登ろう」。ワーイという大きな子供の声がこだました。
私のMTBはクラシックであり、トリプルギヤしかついていない。それに当時、大枚をはたいて買ったテンションディスク846である。子供達のMTBは今、人気最高の50段シフトの軽量MTBで、もちろん前後独立駆動方式の本格的マシーンである。だから、子供達も楽に僕について走ることができるのだ。「山本さんはどうして登坂ソーラーシステムを装着していないのですか、あの装置はまったく力が要らないタイプと平地同様の力で登れるタイプとがあって、殆どのホイールチェアー選手は使っているって聞いていたけど…」「あー、あれね。だめだめ、辛い思いをするからダウンヒルが楽しいのでね、簡単に登ったら年寄りあつかいされちゃうよ」「でも、ぼくらより辛いでしょう」「そんなことないよ。この4WDバギーだと、ギャップや階段も簡単に登れるよ。しかしテクニックは相当必要だけどね」「そうそう、聞いた話によると、山本さんはパンタグラフターンが得意ですってねー」「あれは、僕の編みだした登り専用のターンでね、ほら、前輪にかかる重量が少なくなったとき、曲がりたい方向の後輪をこのように逆回転させると、その車輪を軸としてコマのように回ることができるんだよ」。「すごーい」、子供達は喜んだ。「さあ、とばすぞー。」そう言うと、山本さんはそのままダウンヒルを滑降した。「ひゃー敵わない」バギーは重心が低くて四輪なので、この二輪のMTBではとうてい追いつかないのだ。それにあのディスクブレーキの効き目はすばらしく、二輪では運動特性上絶対作れない偏平タイヤもしっかりそれに対応してくれる。
子供達の話によると、山本バージョンのマウンテンバギーのプラモデルが大人気だそうで、1990年の前半に活躍したジョン・トマックMTBクラシックバイクの人気を上回ったそうだ。「おじさん」「うん、おじさんって僕のことかい」「そうだよ、おじさん達の時代はファミコンが流行していたんだってねー。だから皆んな足腰が弱いって、おじいさんが言ってたけど本当?」「そんなことないよ、MTBで走っていたよ、だから今も元気で走っているよ」「うそだよー、おじさん達の年令の人達ってあまり見ないもの。おじさんは特別なんだ、あーわかった田舎出身なんだろー。」 そんな取り留めもない話をして走っていると、マウンテン救急車とパトバイクがやってきた。マウンテン救急車はサイドカー式で横にタンカがついている。ライダーは白に赤の十字のマークの入ったバイクジャージ。パトバイクは横付けタンデムになっていて、前が二輪、後ろが一輪となっている。だから緊急時には、両者のパワーで走るのですごく速い。このパトバイクのおまわりさんの殆どがMTBの一流選手なので、ぼくたちがちょっと自然を汚す行為をして見つかった時、逃げようとしても絶対に逃げ切れないのだそうだ。ともかく、この山林おまわりさんは花形で、ブロマイドまで販売されている人気者ばかりだ。「おじさん、あのおまわりさん達ね、先日の世界選手権のタンデム・クロスカントリーでさ、優勝したんだよ。」本当に最近の子供は、物知りである。
良雄の目の前をすごいスピードでマウンテン・バギーが下っていく。どうやらそれは、来週ここで開催されるホイールチェアー・ダウンヒル選手権の選手らしい。その選手が先程の茶店にバギーを止めた。「おばさーん、湧き水」僕はMTBを止めて、しばらくその様子を見た。「おや、山本選手じゃないですか、オリンピック優勝したんだってねー」(この時代になるとオリンピックで車椅子のトライアスロン、ロードレース、マウンテンバイクレースが正式種目になっていた。それはけっして現在の区別された身体障害者対象の大会ではなく、人間すべてが集うスポーツの祭典となっているのだ。)、休んでいた子供達は、ワーっとその車椅子を囲んだ。「すげー、カッコイー。山本選手サインして下さいよ」そう言ってTシャツの胸を張った。「そうか、彼がカミカゼバギーの山本さんか、いつかTVでは見たことあるなー」良雄は独り言をつぶやきながら、山本選手に近寄った。逞しい腕である。そしてとても優しい顔つきである。「山本さん、僕もあなたのファンです、できたら握手してくれますか」「あーいいよ」「ところで、もう練習終わりですか」「いいや、またここから山頂まで登るさ」「じゃあ僕とご一緒してくれますか」「いいよ、それじゃあ皆んなで登ろう」。ワーイという大きな子供の声がこだました。
私のMTBはクラシックであり、トリプルギヤしかついていない。それに当時、大枚をはたいて買ったテンションディスク846である。子供達のMTBは今、人気最高の50段シフトの軽量MTBで、もちろん前後独立駆動方式の本格的マシーンである。だから、子供達も楽に僕について走ることができるのだ。「山本さんはどうして登坂ソーラーシステムを装着していないのですか、あの装置はまったく力が要らないタイプと平地同様の力で登れるタイプとがあって、殆どのホイールチェアー選手は使っているって聞いていたけど…」「あー、あれね。だめだめ、辛い思いをするからダウンヒルが楽しいのでね、簡単に登ったら年寄りあつかいされちゃうよ」「でも、ぼくらより辛いでしょう」「そんなことないよ。この4WDバギーだと、ギャップや階段も簡単に登れるよ。しかしテクニックは相当必要だけどね」「そうそう、聞いた話によると、山本さんはパンタグラフターンが得意ですってねー」「あれは、僕の編みだした登り専用のターンでね、ほら、前輪にかかる重量が少なくなったとき、曲がりたい方向の後輪をこのように逆回転させると、その車輪を軸としてコマのように回ることができるんだよ」。「すごーい」、子供達は喜んだ。「さあ、とばすぞー。」そう言うと、山本さんはそのままダウンヒルを滑降した。「ひゃー敵わない」バギーは重心が低くて四輪なので、この二輪のMTBではとうてい追いつかないのだ。それにあのディスクブレーキの効き目はすばらしく、二輪では運動特性上絶対作れない偏平タイヤもしっかりそれに対応してくれる。
子供達の話によると、山本バージョンのマウンテンバギーのプラモデルが大人気だそうで、1990年の前半に活躍したジョン・トマックMTBクラシックバイクの人気を上回ったそうだ。「おじさん」「うん、おじさんって僕のことかい」「そうだよ、おじさん達の時代はファミコンが流行していたんだってねー。だから皆んな足腰が弱いって、おじいさんが言ってたけど本当?」「そんなことないよ、MTBで走っていたよ、だから今も元気で走っているよ」「うそだよー、おじさん達の年令の人達ってあまり見ないもの。おじさんは特別なんだ、あーわかった田舎出身なんだろー。」 そんな取り留めもない話をして走っていると、マウンテン救急車とパトバイクがやってきた。マウンテン救急車はサイドカー式で横にタンカがついている。ライダーは白に赤の十字のマークの入ったバイクジャージ。パトバイクは横付けタンデムになっていて、前が二輪、後ろが一輪となっている。だから緊急時には、両者のパワーで走るのですごく速い。このパトバイクのおまわりさんの殆どがMTBの一流選手なので、ぼくたちがちょっと自然を汚す行為をして見つかった時、逃げようとしても絶対に逃げ切れないのだそうだ。ともかく、この山林おまわりさんは花形で、ブロマイドまで販売されている人気者ばかりだ。「おじさん、あのおまわりさん達ね、先日の世界選手権のタンデム・クロスカントリーでさ、優勝したんだよ。」本当に最近の子供は、物知りである。
※ 『 マウンテンバイク教書 エキスパート編 』著:八代 正 出版:アテネ書房 発行:1992年 より転載

0 件のコメント:
コメントを投稿
<< ホーム